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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7944号 判決

原告

関塚時太郎

被告

有限会社上総興業

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自二七八五万九九一八円及び内金二六八五万九九一八円に対し昭和六一年七月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自一億〇七二〇万八八五二円及び内金九八二〇万八八五二円に対し昭和六一年七月四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  本件事故の発生

原告は、昭和五三年一二月一三日午後七時一五分ころ、東京都江戸川区中央一丁目一番地先路上において、訴外福家和(以下「訴外福家」という。)運転の大型貨物自動車(千葉一一に八九六二、以下「加害車」という。)に衝突轢過され受傷した。

二  責任原因

被告有限会社上総興業(以下「被告上総興業」という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた者であり、被告共栄運輸株式会社(以下「被告共栄運輸」という。)は、加害車を被告上総興業から借り受け、その業務のため訴外福家に運転させていたから、自己のために運行の用に供していた者である。

三  原告の受傷

1  原告は、全身打撲傷、右下肢多発外傷により昭和五三年一二月一三日から同月一四日まで二日間京葉病院整形外科に入院して治療を受け、翌一四日から昭和五四年三月五日まで二か月と二〇日間三井記念病院整形外科に入院して治療を受け、一旦退院し、昭和五四年三月六日から昭和五六年一月二二日まで一年と三二三日間は通院して機能回復訓練を受け、昭和五六年一月二三日から同年二月一二日まで二一日間再入院して患部に挿入してあつたプレートを抜去する手術を受け、以後昭和五六年二月一三日から昭和五八年八月三一日まで二年と二〇〇日間通院して治療及び機能回復訓練を受けた。

2  その後、原告は、右大腿骨骨折変形治癒、右下肢リンパ浮腫、右股関節及び膝関節屈曲制限、右下肢長短縮、右膝外傷性膝関節炎により昭和五六年一一月一三日から秋枝病院に通院し、主として機能回復訓練を受けながら治療を継続したが、右大腿骨骨折変形治癒のため右下肢が約三・五センチメートル短縮、右股関節・膝関節に屈曲制限を受け、同関節機能に機能障害、右大腿皮神経損傷による知覚異常等の症状が残り、昭和五八年八月三一日同病院において症状固定の診断を受けた。

3  また、原告は、本件事故後急激に視力が衰え、昭和五八年六月二〇日から同年九月一六日まで八八日間岸田眼科医院に通院して治療を受け、同月一七日症状固定したが、本件事故で下肢の骨折をしたため、骨髄内の脂肪粒により眼球内にプルチュル網膜症を生じ、網脈血管内に脂肪栓塞を生ぜしめ、そのため広範囲にわたつて網脈絡膜萎縮をきたし、視力が低下し、右眼左眼とも眼前手動弁であつて、矯正不能であり今後視力回復の見込みはない。

四  原告の損害

1  治療費及び通院交通費

その支払いを受けたので請求しない。

2  入院雑費 五万二〇〇〇円

原告は前記のとおり京葉病院、三井記念病院に合計一〇四日間入院し、一日当たり五〇〇円の入院雑費を要しているから、右期間内の入院雑費は五万二〇〇〇円である。

3  休業損害 八一万八〇八四円

原告は、本件事故当時、東京都江戸川区江戸川保健所総務課に勤務し、主査として医療監視員の職務に従事していたが、前記の右下肢機能障害及び視力障害のため勤務に耐えることができず、昭和五八年六月三〇日をもつて止むを得ず退職したが、本件事故に遭遇しなければ勤務を継続できたものであるから、原告が退職した日の翌日である昭和五八年七月一日以降、症状固定と認定された昭和五八年九月一七日の前日までの間については、休業損害として請求できるものであり、原告の退職時における給与受給額は年収五八一万七五六一円、月額三二万二九二八円であるから、右期間内の休業損害は八一万八〇八四円である。

4  逸失利益 五一五六万二二〇六円

右股関節・膝関節に著しい屈曲制限、右下肢リンパ浮腫などにより同関節機能に著しい機能障害を残して昭和五八年八月三〇日症状固定となつたが、服することのできる労務が相当程度制限されるものと見られるため自賠法施行令二条別表後遺障害等級九級一号に該当する。また、右大腿骨変形治癒のため右下肢長が三・五センチメートル短縮して昭和五八年八月三〇日症状固定となつたが、これは同表一〇級八号に該当する。また、視力障害については、昭和五八年九月一七日症状固定となつたが、左右両眼とも眼前手動弁というもので、眼前を何かが動くのはわかるが、それが何物かは識別することが不可能になつたから、両眼失明に等しい状態であるから同表一級一号に該当する。したがつて、全体として、原告の労働能力は一〇〇パーセント喪失している。

原告は、昭和二年一〇月一日生まれの男性であり、最も遅く症状固定を認定された視力障害による症状固定の日である昭和五八年九月一七日当時五五歳であつたから、稼働年数を六七歳までの一二年間とし、前記の年収五八一万七五六一円を基礎に、ライプニツツ方式、係数八・八六三二によつて逸失利益の現価を求めると五一五六万二二〇六円である。

5  介護料 二七七七万六五六二円

原告は、視力がないに等しく、日常生活は他人の介護なくしてはできない状態であり、この状態は原告が生ある限り続けなければならず、症状固定の時の原告の年令は五五歳であるから平均余命年数は二二・三五年となり、介護料を年二一一万〇二〇〇円として、ライプニツツ方式、係数一三・一六三〇で介護料の現価を求めると二七七七万六五六二円である。

6  慰謝料

(一) 傷害慰謝料 三〇〇万円

原告は、本件事故による傷害で前記のとおり入通院を繰り返し、その苦痛ははかりしれないものがあり、その苦痛を慰謝するには三〇〇万円が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料 一五〇〇万円

原告は、本件事故による下肢機能障害及び視力障害の後遺障害のため退職の止むなきに至り、収入の道が閉ざされてしまつたため一家の生活の不安のみならず、老後の不安もあり、さらに重度の不具者として生涯を過ごさなければならず、かかる肉体的、精神的苦痛を慰謝するには一五〇〇万円が相当である。

7  弁護士費用 九〇〇万円

原告は、本件訴訟を原告代理人に委任し、その費用として九〇〇万円が相当である。

五  よつて、原告は、被告らに対し、各自一億〇七二〇万八八五二円及び内金九八二〇万八八五二円に対し訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。

第三請求の原因に対する認否

一  請求の原因一項については認める。

二  同二項については、被告上総興業が加害車を所有していたことは認めるが、自己のために運行の用に供していたとのことは否認し、運行供用者責任については争う。加害車は、本件事故当日の一日限り、被告共栄運輸が被告上総興業から借り受けたものである。

三  同三項については、1及び2は認め、3のうち視力障害の症状については知らないし、本件事故との因果関係を争う。

四  同四項については争う。

五  同五項については争う。

第四填補

一  被告共栄運輸から原告に対し、入院雑費等の名目で六〇万円が支払われているので、この分控除すべきである。

二  原告は、地方公務員等共済組合法による公務外障害年金を受給しており、すでに支給された二二三八万六六五〇円(昭和五八年七月から平成二年二月までの二一五二万六三二五円及び同年三月から同年五月までの八六万〇三二五円)と、受給が確定する平成二年六月から口頭弁論終結時までの金額を控除すべきである。

第五証拠

本件記録中証拠関係目録記載のとおりである。

理由

一  本件事故の発生及び責任原因

請求の原因一項については当事者間に争いはなく、同二項については、当事者間に争いのない事実に弁論の全趣旨を総合すれば、被告上総興業が加害車を所有していること、被告上総興業は加害車を被告共栄運輸に貸し渡したこと、被告共栄運輸は借り受けた加害車を同被告従業員訴外福家にその業務のため運転させていたこと、その運転中訴外福家が本件事故を惹起したことが認められるので、被告上総興業及び同共栄運輸は、いずれも自賠法三条にもとづき原告が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

二  原告の受傷

請求原因三項の1及び2については当事者間に争いはなく、同三項の3の原告の視力障害については、本件事故との因果関係及びその症状に争いがあるところ、成立に争いのない甲第六号証のないし四、甲第七号証の一、甲第八号証、甲第一八号証ないし甲第二一号証、甲第二二号証の一ないし三、甲第二三号証の一ないし三、甲第二四号証の一ないし一二、甲第二五号証、鑑定証人岸田明宜及び同深道義尚の証言、原告本人尋問の結果によれば、次のように認められる。

1  原告は、先天的に高度近視であり、昭和五一年当時、岸田眼科にて視力検査を行つた際、右裸眼〇・〇二、矯正〇・四、左裸眼〇・〇二、矯正〇・二であつたが、本件事故後、視力低下が進み、昭和五八年六月二〇日の視力は右裸眼一〇センチメートル指数、矯正視力〇・〇二、左裸眼五センチメートル指数、矯正視力〇・〇一となり、岸田眼科にて昭和五八年一〇月二四日症状固定とされたが、昭和六〇年五月二日昭和大学病院眼科において診断を受けた際の視力は右眼前手動弁(矯正不能)、左眼前手動弁(矯正不能)で今後視力回復の見込みはないとされている。

2  原告の前記視力の低下は網脈絡膜萎縮を起こしていることによるものであり、高度近視の場合には網脈絡膜萎縮を起こすことが多いが、普通年齢的には七〇歳、八〇歳ころに起こるものであり、原告の五五歳という年齢からは、その発症は考えにくいうえ、近視性網脈絡膜萎縮の場合には、眼球の後極部、視神経乳頭から黄斑部を中心に発症するが、原告の場合は眼底所見上網膜全体について変性萎縮しているから近視とは関係なく起こつたものと考えられる。

3  また、原告は、老人性白内障の疾患もあり、同愛会病院の診断書(甲第五号証)には「左眼視力低下は主に白内障の進行によるものと思われた」旨記載があるが、白内障が進行して水晶体が完全に混濁してくる場合には視力の著しい低下がありえるが、原告の白内障はさほど進行しておらず、水晶体の混濁の状態があまり悪くなく、視力の著明な低下は白内障が原因であるとは考えられず、白内障は水晶体の混濁であつて、網脈絡膜萎縮とは関係がない。

4  原告の網脈絡膜萎縮は、近視性網脈絡膜萎縮や白内障とは関係なく、両眼とも網膜がすべて変性萎縮しているから、広い範囲における血管性病変を考えなければ説明がつかず、本件事故による外傷のため、血液の粘性が増加し、この血液の粘性増加と、組織に対する刺激性の増加が加わつたことによる血管障害によつて発症したものでプルチエル外傷性網膜血管症とするのが相当である。

5  以上からすれば、本件事故と原告の現在の視力障害とは相当因果関係があるものとするのが相当である。

三  原告の損害

1  治療費及び通院交通費

原告は全額その支払いを受けている。

2  入院雑費 五万二〇〇〇円

原告が昭和五三年一二月一三日から同月一四日まで京葉病院に入院し、同月一四日から昭和五四年三月五日まで三井記念病院に入院し、昭和五六年一月二三日から同年二月一二日まで同病院に入院したことについては当事者間に争いはなく、入院期間中入院雑費を必要としたものと認められ、その入院日数合計一〇四日間において一日当たり五〇〇円の入院雑費を要したものとするのが相当であるから、入院雑費として五万二〇〇〇円が認められる。

3  休業損害

原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第一七号証の一、二、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、東京都江戸川区保健所総務課に勤務し、主査として医療監視員の職務に従事していたが、前記の視力障害や下肢機能障害から勤務に対応できる能力を保持できないこともあつて、昭和五八年六月三〇日をもつて退職したことが認められるので、退職後の損害は後記の逸失利益に含めて算定するのが相当である。

4  逸失利益 二五一八万六五四八円

甲第四号証、甲第六号証の三、四、甲第八号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告の右股関節・膝関節の機能障害は、股関節の屈曲伸展は左右とも変わりはないが、内転につき自動で右が〇度から一〇度、左が〇度から二〇度、他動で右が〇度から四〇度、左が〇度から四五度、外転につき自動で右が〇度から二〇度、左が〇度から四五度、他動で右が〇度から四〇度、左が〇度から四五度の違いがあり、膝関節の屈曲は、自動で右が〇度から九〇度、左が〇度から一三〇度、他動で右が〇度から一二〇度、左が〇度から一三〇度の違いがあり、また、右下肢長短縮三・五センチメートル、右大腿皮神経損傷による知覚異常があるというもので、右股関節・膝関節の機能障害は自賠法施行令二条別表後遺障害等級に該当しないが、右下肢長短縮は同別表後遺障害等級一〇級八号に該当し、原告の自覚症状としては、右下肢、臀部の疼痛、右大腿部知覚低下及び脱出、跛行、右下肢浮腫、易労感があるというものである。また、原告の視力障害は、昭和五八年九月一七日ころの視力が右裸眼一〇センチメートル指数、矯正〇・〇二、左裸眼五センチメートル指数、矯正〇・〇一というものであり、昭和六〇年五月二日ころの視力は、左右両眼とも眼前手動弁というもので、眼前を何かが動くのは解るが識別はできず、一〇メートル位先でも信号のように発光しているものは色まで解るが、そうでなければ色別はできず、矯正不能であり、外出するには手を引いてもらうなど介護を要する状況で失明に近い。

以上からすると、原告は、主として視力障害によるが、右股関節・膝関節の機能障害、右下肢長短縮障害もあつて、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものといえる。また、その喪失の結果が現実化したのは前記退職時といえるから、原告の退職時の年齢五五歳から稼働可能年数と認められる六〇歳までの五年間の稼働利益を失つたものと認めるのが相当である。なお、原告は、稼働可能年数を六七歳までの一二年間である旨主張するが、強度近視を有する原告が前記江戸川保健所を六〇歳を超えて勤務することは定年制度、職場慣行等で期待のできるものではなく、六〇歳で退職した後、再就職して稼働するということも、原告が強度近視であつたことなどを考慮すれば予想しがたく、預貯金や年金等での生活を予定していたものとするのが相当であるから、六〇歳を超えて逸失利益を算定することは相当でない。

原告の退職時の年収は五八一万七五六一円であるから、これを基礎に、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものとし、稼働年数を六〇歳までの五年間としてライプニツツ方式、係数四・三二九四で現価を求めると、逸失利益として二五一八万六五四八円が認められる。

5  介護料 七一〇万八〇二〇円

甲第八号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、その視力障害のため外出に際して手を引いてもらつたり、食事のときにご飯の上におかずをのせてもらうなど、他人の介護なくしては日常生活できない状態となつていることが認められる。盲目であつても訓練により自力生活できるものではあるが、原告の年齢等を考慮すれば訓練を受けて自力生活できるようになることまでは期待できず、他人の介護を生涯必要とするものと認められ、食事の支度、掃除、洗濯等の家族が普通日常的な生活行動の過程において予想される当然の協力範囲を超え、原告に対し、右のような普通日常の家族生活関係上とは質の違つたものと受け止められる介護をする場合には、その分を介護料として損害評価するのが相当である。

原告に対する介護は、随時介護であり、その介護の内容からみて介護料は月額四万五〇〇〇円、年額五四万円とし、平均余命二二・三五年としてライプニツツ方式、係数一三・一六三〇で現価を求めるのが相当であるから、介護料として七一〇万八〇二〇円が認めれる。

6  慰謝料 一七五〇万円

(一)  入通院慰謝料 二五〇万円

原告の負つた傷害の部位、程度、治療の内容、入通院の期間等から二五〇万円が相当と認めれる。

(二)  後遺障害慰謝料 一五〇〇万円

原告には強度近視という既存障害あるけれども、昭和五一年当時の視力は右裸眼〇・〇二、矯正〇・四、左裸眼〇・〇二、矯正〇・二であり、本件事故当時も物は見えていたのであるから、視力をほとんど失つた苦痛を重視すべきであり、股関節・膝関節機能障害、下肢長短縮障害をも被つていること、その他原告の年齢、性別、収入、家族関係等を考慮し、一五〇〇万円が相当と認めれる。

7  以上損害額合計 四九八四万六五六八円

四  填補

1  成立に争いのない乙第四号証の一ないし四によれば、原告は、被告共栄運輸から入院雑費等の名目で六〇万円の支払いを受けている。

2  調査嘱託の結果、弁論の全趣旨によれば、原告は、口頭弁論終結時までに地方公務員等共済組合法による公務外障害年金合計二二三八万六六五〇円の支払いを受けている。

3  以上合計二二九八万六六五〇円は前記損害額合計から控除すべきである。

五  弁護士費用 一〇〇万円

原告が本件訴訟を原告代理人に委任し、その費用を負担することが認められ、本件審理の経過、認容額等から本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては一〇〇万円が相当と認められる。

六  よつて、原告は、被告らに対し、各自二七八五万九九一八円及び内金二六八五万九九一八円に対し訴状送達の日の翌日である昭和六一年七月四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原田卓)

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